know thyself ― ひきこもりのチラシの裏

ひきこもりの私的な日記ブログです。

自分勝手な解釈

早速軸足がズレるハマグリです。

昨日、Mastodonを本腰入れて使おうと色々触れてみました。

それで感じたことなのですが、思っていた以上に閉鎖的なツールだったんですね。

過去の記事にもそう書いてはいるんですけど。

follow-nature.hatenablog.com

ローカルタイムラインをそこそこ覗いていたのですが、まったく何言ってるのかわからなくて。

でも、どうやらあの流れのはやいタイムライン上で皆さん会話してるっぽいんですよね。

なのでローカルタイムラインをどうしても意識してしまって、トゥートしづらくなっちゃいまして。

とりあえず、現在は未収載というローカルタイムラインなどには載らない設定にしました。

ですがこれだと、もう自分のトゥートを見てもらうには直接来てもらうしかないっていうことに。

つまり、Twitterとまったく同じになってしまうってことです。

それで、ローカルタイムライン以外で他のユーザーさんを色々検索してみたのですが、自分みたいな方はいらっしゃらないようです。

 

仕方ないので、今度はちゃんと別の自分に合ったインスタンスを探してみたのですが、これがなかなか見つからないという。

ですがそれっぽいインスタンスがあったところで、まず人がいるのかというのが一つ。

二つ目に、インスタンスを運営している以上メールアドレスとパスワードの設定が必要で、悪い運営者の場合はそれが悪用される場合があるというのがあります。

 

って書いてて、“Mastodon”という同じツールなのにインスタンスごとに登録し直さないといけないっていうのがわずらわしいと思ってしまいます。

 

このことから思ったことがあります。

過去の記事で、mixiは匿名じゃない掲示板みたいなものと書きました。

Mastodonは、Twitterライクなコミュニティーチャットって感じなのかもしれません。

 

Twitterは一つに場所にみな集まってつぶやき合い、いろんなコミュニティーにまたがってるのに対して、Mastodonは本当にインスタンスが一つのコミュニティーとして成していて、それ以上でも以下でもないのです。

そのコミュニティーが合わなかったら別のインスタンスへお引越し。

でもって、そのお引越しは再び住居登録してくださいという感じで、再度新しいインスタンスでアカウント登録しなければならない。

連合タイムラインやらで他のインスタンスを覗けることは覗けますが、あくまで簡易的な固定ユーザーのチェック程度で、そのインスタンス内に入れるわけではない。

先の引っ越しの例えなら、外から家の中を覗いて中の住人を見ているようなものでしょう。

自分の中では「Twitterの代替ツール」っていう固定観念が強すぎて、Mastodonの一番大きな規模のインスタンスTwitterみたいものだと思い込んでいました。

 

まぁ話それますが、そもそもこのMastodon、確か情報がTwitterに一極集中されている状態を変えたいということだったと思います。

その結果、誰でもインスタンスを作り、その運営ができるという仕組みになってるんだとか。

こうすることで、情報を分散化できるってわけです。

でもそれ以上にすごいのは、これを開発された方は確か24歳ぐらいの若い方なんですよね。

ホント、世の中すごい人がいるものです。

 

まぁ話を戻しますが、これだと今度はインスタンスごとに小さいコミュニティーが乱立し、それぞれが独立して存在することになります。

連合インスタンスやリモートフォローといった形ぐらいでしか他のインスタンスと関われず、インスタンスを乗り換えるのも大変とくると、使ってるツールがMastodonなだけでそれぞれ完全に別のコミュニティーとして存在することになるわけです。

表現が悪いことを承知で挙げると、『Twitterもどき』が乱立するって感じです。

 

まぁ自分が無知なだけで、きっとそういう方向性のツールなのかもしれません。

何も知りもしないのに、適当なことをいうのはよくないことですね。

ただそのような方向性のツールだと、Twitterみたいな新しい発見だったり、拡散性だったりがなくなるわけで、やっぱり代替ツールにはなりえないと思ったという話です。

流行だったり拡散性があるのは、大勢の人に波及してこそなので、その小さなコミュニティー内で流行が生まれても、結局その小さなコミュニティーの中でだけのものになるのですから。

その枠からはみ出た流行があったとしても、それは別のインスタンスに波及することは難しく、おそらく他の媒体で以って波及するのではないかと思います。

そもそも流行ということ自体はそういうことなんですが、やっぱり「Twitterの代わり」という視点となると違うと思うんですよね。

 

それにしてもその流行ということで言うなら、今回この件でMastodonに触れて、自分がアカウントを作ったmstdn.jpが「膣鯖」なんて呼ばれてることを知りました。

まぁこんな感じで大きく拡散されず、その場に関わってる人達だけの流行だったり話題っていうのもいいですよね。

そういう話題を見ると、昔のMMORPGだとかそういうサーバーごとの決まり事だったり、閉鎖的だからこそ良いものもあるわけで。

最近だとポプテピピックなるアニメが今やってるそうですが、自分は見ていないのですがとあるところで「ザ・エンドってね」なんてのも知りましたし。

ちょっとしたことから流行が生まれ、何をきっかけに広がるかはわからないですね。

本当にすごいです。

 

結局まとめると、自分みたいなクズにはMastodonをやる資格はないってことです。

って、それとこれとは違う話だと思いますが。

 

本題に戻りますが、今後はTwitterをメインにしようと思います。

一応、大変でしたがTwitterのツイートをMastodonに連動するようにしました。

最初トゥート同期アプリというサイト?を利用しようと思ったのですが、承認を行う際、Twitterでは問題なかったのですが、Mastodonでは承認ができなかったのです。

リモートフォローの件も考えても、どうもインスタンス側の認証のシステムに齟齬があるのではないかなーって思ってます。

結局、IFTTTという連携システムアプリを利用することで解決しました。

これも導入するのに大変でしたよ。

検索したら「curl」というプログラミング言語を利用するという解説ページしか見つからず、仕方ないのでなんとかそれを利用して登録しました。

プログラミング言語なんて、このブログとかでアフィリエイト広告のタグを張るときに使うhtml言語ぐらいしか知らないので戸惑いました。

まぁhtmlは正確にはプログラミング言語じゃないのかもしれませんが。

とりあえず、参考にさせていただいたページのリンクも張っておきます。 

qiita.com

とここまでやったのですが、もしかすると連動せずに放置するかもしれません。

こればかりはもう少し時間をかけて様子を見ないと。

一応、そういうことでTwitterを中心にしますってことで。 

 

長くなりましたが、最初に考えてたのと方針とは違う形になってしまいました。

普段のミニブログTwitter、何か長文をしっかり書くならブログというごく普通の形で収まることに。

最初の記事に書いた通り、ある程度コミュニティーが形成されてたりすると、やっぱりそこに入っていくのは難しいですよね。

もちろん、自分が気にし過ぎだってことはわかっているのですが。

 

という感じで、今回の記事はこの辺で。

正直来週あたりから色々自分の中での新しい何かをはじめたいと思ってます。

 

ひきこもりでありぼっちである自分。

そんな自分が何かをしようとした場合、当然外に出ることになります。

外に出れば、いろんなコミュニティーを目にすることになるわけです。

でも、自分はどこのコミュニティーにも属していない一匹狼なわけで。

そんなとき、せめて一時避難できる居場所がほしかったのです。

外に出てもスマホでこの場所で休めたら。

そんな場所が。

 

実は、学生時代もそうして乗り切ったのでした。

当時はスマホなんてありませんでしたが、かつてのブログの存在は唯一の自分の居場所でした。

家に帰ってはブログの様子を見てました。

そのブログも自分がただ適当なことを語ってるだけのブログでしたが、ここのただ文字を羅列した見づらいブログとは違い、レイアウトやフォントの設定も記事ごとに時間をかけてやってたような気がします。

言うまでもなく、誰も訪れない自分だけがただ適当なことを語ってるブログでしたが。

でも、これから外に本格的に出る前に、当時と同じように自分の居場所を、休める場所を築いておきたかったのです。

 

まぁ何にしろ、自分の孤独の戦いはもうはじまっています。

何かをしようと思ったその時点で、その歯車は動いているんだと思うのです。

まさかこんなブログを作ることなんて、ついこの間まで思ってませんでしたし。

でも、実際に行動に移したわけでなく、あくまでこれはその準備段階。

いうなれば、新しい自分の人生マラソン大会の参加申込書を提出ているようなものです。

参加の申し込みをしている時点で、大会日に自分が参加することが確約されたわけです。

今は大会に向けての準備やらトレーニングやらの期間。

準備をしなければ、本番もうまくいくはずがありません。

だから、準備も含めてやっぱり戦いははじまっているわけです。

そして、スタートを切ったらもう後には引けない戦いになるのです。

給水所はあっても、休むことは許されない。

自分に許された選択肢は、ゴールかリタイアか。

ま、この例えで言うなら、給水所がこの自分にとっての唯一の居場所ってわけです。

外に出た時の孤独に押し潰されないための。

 

しかし、こうTwitterやらMastodonやら使って思うことは、やっぱり誰かとつながること自体はできるわけです。

自分を偽ろうと思えば偽って、架空の存在としてネット上で振舞うことだってできる。

きっとそういう人たちもいるのだと思います。

それなら孤独におびえることはないはずです。

 

でも、それではなぜ自分はそうできず、わざわざ孤独を感じているのだろうか。

そう考えると、やはり自分が無能だからなのかもしれませんね。

結局このブログにしろなんにしろ、自分がやっていることは孤独を紛らわすとはいえ誰かと積極的にコミュニケーションするのを避けているのですから。

このブログも自分の言いたいことを一方的に書いてるに過ぎず、そんな場所を訪れる人はいないでしょう。

もしかしたら、自分自身が心の底で究極的には誰もが『孤独』だと思っているのかもしれない。

 

先に挙げたMastodonは、きっとこの先バージョンが上がることにより進化し、自分が指摘した各インスタンス間のやり取りだって容易にできるようになるかもしれません。

ネットも進化してより高速化され場所も選ばなくなるでしょう。

AIの進化で道具やツールが自動化されて人と同じようなロボットが存在し、VRやAR技術の進化で疑似的な空想世界に入り込むことも可能になるでしょう。

まさに最初のチラシの裏の記事に書いたIoTです。

それではきっとその先は、あらゆるモノがネットにつながり自律化したら、今度は人間自身が直接ネットの世界に入る時代になるのかもしれません。

VRやARのようなモノに頼って作られる仮想世界でも拡張世界でもない、直接電脳世界に入る時代です。

各個人一人ひとりがマイナンバーでもって識別され、ナノマシンやらなんやらで完全に管理される。

そうなったとき、文字通り人々は一つにつながるわけです。

その時人々は『孤独』から解放されるのでしょうか。

なんだか自分は今より増して『孤独』になっているような気がします。

 

自分を理解していないのに、他人を理解できるはずもない。

でも、そんな自分を自分という存在たらしめ観測できるのは他人だけ。

他人がいるからこそ自分がいる。

 

簡単に誰かとつながれても今の自分が誰ともつながれないのは、誰かとつながる“線”が必要なのではなく、その線をつなげるための明確な存在としての“点”がないからなのでしょうか。

他人もいなければ自分もいない。

なら、この現状はもう『孤独』でなくて『虚無』なのかもしれません。

 

こんな言葉遊びをしててもしょうがないのですが、これから自分はその答えのない自問自答を繰り返しながら外に出ることになります。

今回が6回目の記事ですが、完全にチラシの裏って感じですね。

 

それでは、ごきげんよう